【話ができない】石原慎太郎元都知事、百条委で「全ての字を忘れました。平仮名さえも忘れました」【話にならない】

豊洲市場の移転問題を検証する百条委員会ですが、石原慎太郎元都知事は、築地市場の豊洲への移転を決めた責任を認めながらも、東京ガスの社長との面会や土壌汚染対策費の取り決めなどについては「記憶にない」とし、移転を延期した小池知事を批判しました。

証人喚問の冒頭、石原元都知事は2年前に脳梗塞を患ったのちに、「患部が右側頭頂部だったため、その近くにある海馬、記憶を埋蔵している箱の部分ですが、残念ながら、うまく開きません。そのため、全ての字を忘れました。平仮名さえも忘れました」と述べていたことが話題になっています。

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メディア記事

百条委 石原元知事 豊洲移転決めた責任は認める

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170320/k10010918091000.html

石原元知事は証言を始めるにあたり「2年ほど前に脳梗塞を患い、後遺症の影響で記憶を引き出そうとしても思い出せないことが多々ある。できるかぎり質問に答えたい」と述べ病気の影響で十分な証言ができないことに理解を求めました。

まず、築地市場の豊洲への移転方針は既定路線だったかについて「前任の青島知事からの引き継ぎ事項の中に豊洲地域に移転するという文言があった。懸案事項として引き継いだ」と証言し、従来の考えを改めて示しました。

そのうえで豊洲に移転を決断したことについて「当時のピラミッドの頂点にいた私が決裁をした。土壌の問題については『大丈夫だ』と言うので決裁した。その責任は認めます」と述べ最高責任者としての責任を認めました。

一方、これまでの委員会で証言などが出された、平成11年11月に、東京ガスの上原元社長と面会したとされることについて、石原元知事は「覚えていません。いろんな人と会っているので、詳細には覚えていない」と述べました。

また、土壌汚染対策費をめぐる東京ガスとの取り決めについても「向こうは売りたくない、こっちは買いたいという中で、担当者に一任するしかなかった。詳細な記憶がない」と述べ、覚えていないとする証言も目立ちました。

そして、豊洲への移転を延期した小池知事の判断について「小池知事は安全・安心がこんがらがっている。これは、人間の英知を結集した科学の問題で、土壌汚染の権威の大学教授も豊洲は極めて安全だと言っている。風評の前に科学の真実が負けることは文明国として恥だ」と指摘しました。そのうえで、「移転の延期を議会に諮らず独断したことは、議会軽視の最たるもので不可解だ。延期により膨大な予算の支出が伴っていて、小池知事は速やかに決断して豊洲に移転すべきだ」と述べ、みずからの見解を明らかにしました。


慎太郎元都知事、百条委で衝撃告白「すべての字を忘れた。ひらがなさえも忘れました」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000098-sph-ent

最初の質問者・自民党の来代勝彦議員の「知事として、豊洲移転を政治判断されたのか」という質問に答える前に「一言、お断りしておきますけど」と切り出すと、「2年前に脳梗塞を患いまして、いまだに、その後遺症に悩んでおります」と話した。

さらに「左腕が使えず、字が書けません。患部が右側頭頂部だったため、その近くにある海馬、記憶を埋蔵している箱の部分ですが、残念ながら、うまく開きません。そのため、全ての字を忘れました。平仮名さえも忘れました」と衝撃の告白。「物書きですから、ワードプロセッサーを使って、書いてますけど、そういう点で記憶を引き出そうとしても、思い出せないことが多々あるのを、ご容赦下さい」と続け、質問に答えた。

浜渦氏に関連した記事

「浜渦氏に一任」と主張=石原元知事を証人喚問-都議会百条委

http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032000144&g=soc

 東京都の豊洲市場(江東区)をめぐる問題で、都議会の調査特別委員会(百条委員会)は20日、石原慎太郎元知事(84)を証人喚問した。石原氏は豊洲への移転決定について「決裁した責任は認める」と述べたものの、浜渦武生元副知事と東京ガスとの用地取得交渉の内容に関し「彼に一任したことなので、いちいち詳細に報告は受けていない」などと従来の主張を繰り返した。


浜渦氏「水面下なら答えてやるよ」 百条委で強気の反論

http://www.asahi.com/articles/ASK3M7GK1K3MUTIL02L.html

 浜渦氏は石原慎太郎元都知事の側近中の側近とされ、国会議員時代から秘書として支えた。石原氏が1999年の都知事選で初当選した後は知事特別秘書になり、2000年に副知事に就任。石原氏の名代として都政を取り仕切り、新施策などについては、石原氏の耳に入れる前に浜渦氏の了解を得ることが慣習化した。その剛腕ぶりから、都庁内で「ドーベルマン」とも呼ばれた。

浜渦氏は副知事だった05年にも、都議会の百条委に証人喚問されている。都の補助金をめぐる都議会での答弁が自民都議らの反発を招き、百条委で審議された。証人喚問での証言が「偽証」と認定され、都政の混乱を収拾したい石原氏の判断で、副知事辞職に追い込まれた。

都議会で百条委が設置されたのは、それ以来のことだ。19日の百条委で、浜渦氏は当時の経緯を踏まえ、「浜渦は邪魔だから出ていけと、私は追放されたんですよ」と振り返った。

この日、最も激高したのは、「(浜渦氏の東ガスとの交渉により)混乱を招いた責任を感じないか」と指摘された時だった。「どこに責任があるんですか。当時はですね、ここにも数人(の都議が)いますが、『よくぞ東ガスと交渉をまとめてくれた』と称賛された」。声を荒らげてこう話すと、証言席の机を手でたたいた。

この都議の質問が終わった直後、浜渦氏は自席でつぶやいた。「水面下で質問したら、答えてやるよ」

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