重度知的障害少年の死に施設側を提訴 約8800万円の損害賠償を求める 社会の寛容に乗じるケースか?

まず、記事を紹介します。

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メディア記事

重度の知的障害者が福祉施設から抜け出して山で死亡→障害者の父親「うちの子供が生きていれば将来5千万円は稼いでいたはずだから福祉施設は俺達に払え」

http://hamusoku.com/archives/9487469.html

記事は、産経新聞の『「命の差別があってはならない」 事故死した重度知的障害少年の両親、施設側を提訴 逸失利益焦点に』より、2chの記事をまとめたものです。

 重度の知的障害を持つ松沢和真さん=当時(15)=が平成27年、東京都八王子市の福祉施設から抜け出し、約2カ月後に山林で遺体となって発見された事故で、両親は14日、福祉施設を運営する「藤倉学園」(東京)に約8800万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。請求には松沢さんが生存していれば将来見込まれた利益(逸失利益)として、平均賃金から算定した約5千万円を盛り込んだ。重度知的障害者の逸失利益算定が争点になる見通し。


2chでは、将来5千万の利益が見込まれたという点について疑問の声があがっているのですが、わたしもこの訴訟に関しては今の時流にはそぐわない話だと思いました。

時代は今や、これまでの社会の寛容に乗じて、逸脱した行動がなかったか、見直すときにきています。

個人的にも今の社会が、グローバリズムが生んだひずみ(寛容の行き過ぎ)の是正に動きつつあると感じています。

日本が経済的に貧しくなっていることも、厳しい目が向けられるひとつの原因になると思います。

そんな中で、こういった訴訟が話題になるのも、時流をあらわしているように思えました。

問題は、こういったセンセーショナルな話題ばかりが表に出ることで、せっかく社会の寛容について今一度深く考えを掘り下げていく機会のはずなのに、短絡的な不寛容に世論が傾くのではないかということで、そちらに傾きすぎると、いわゆる「戦前回帰の危うさ」ということになろうかと思います。

これまでに培った寛容の精神の全否定ではなく、改良に結び付くよう願っています。

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